和子さんは医療従事者として働きながらWebデザイン未経験でスタートし、1ヶ月のコーディングスクールを卒業してもポートフォリオひとつ整わず、副業の実績は数百円でした。それでもThis is MEで1日3人に会う営業を徹底し、1年でWebデザインの最高月商79万円、本業と合わせて月商100万円超えを達成した実例を紹介します。
和子さんがこの数字を手にするまでにかかった期間は、入会から1年です。年齢や経験のなさを理由に足踏みしていても、会い続ける回数を積み重ねれば、案件は着実に形になっていきます。
年齢を理由に一歩踏み出せずにいる方にこそ、最後まで読んでみてほしいと思います。
- 医療従事者として働きながら未経験からWebデザインを学び始めた和子さんの受講前の状態
- 「1日3人に会う」を1年間貫いた営業と時間の作り方の具体例
- 最高月商79万円、本業と合わせて100万円超えを達成するまでの案件獲得の流れ
- 年齢を理由にWebデザインを始めることをためらっている方
- 本業や子育てと両立しながら副業・独立を目指したい方
- 営業や交流会が苦手で、案件獲得の具体的な方法を知りたい方
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受講前後の変化を数値と事実で比較
| 項目 | 受講前(Before) | 受講後(After) |
|---|---|---|
| 月商 | 800円や300円、数百円ほどの案件のみ | 最高月商79万円、本業と合わせて月商100万円超え |
| 案件単価 | 800円〜300円ほどの案件のみ | 25万円〜30万円ほどのLP案件 |
| 獲得手法 | 手法なし(1ヶ月のコーディングスクールのみでポートフォリオも未整備) | 交流会中心の「1日3人に会う」営業、紹介やリピート発注 |
| マインド | 稼げる自信がなく、成果もほぼゼロのまま | 「誰に教えてもらい、いつ成功するかはただの時間の問題」と思い込む自己肯定感 |
医療従事者として働きながら、絵もパソコンも未経験だった受講前

和子さんは医療従事者として働きながら、絵やパソコンが得意というわけでもなくThis is MEに入会しました。1ヶ月のオンラインコーディングスクールに通った経験はあったものの、卒業後も案件を取れる状態には至っていませんでした。
この章では、入会前の和子さんが置かれていた状況を振り返ります。
初マネタイズは800円のバナー。1ヶ月のコーディングスクールでも稼げなかった
Ken: これまでのキャリアと、This is MEに入る前の状態を教えていただけますか?
和子: 元々医療従事者として働いていて、Webデザインは全くの素人でした。絵が得意なわけでもパソコンが得意なわけでもありませんでした。あるオンラインスクールで1ヶ月コーディングを学んだのですが、授業でやらない内容は質問しても十分に答えてもらえませんでした。結局バナー1枚もまともに作れないまま、ポートフォリオも整いませんでした。当時の実績は800円や300円ほどの、おふざけのような素人っぽいバナーでした。恥ずかしくて、データも残していません。

稼げるかどうかは能力より、勝ちか引き分けしかないこのビジネスで待ち続けられるかを問われます。和子さんのスタート地点は、まさにその覚悟が試される場所でした。
- 医療従事者として働きながら、絵もパソコンも未経験のままThis is MEに入会した
- 1ヶ月のオンラインコーディングスクールを卒業してもバナー1枚作れずポートフォリオが整わなかった
- 入会前の実績は800円や300円ほどの素人レベルのバナーのみだった




「1日3人に会う」を1年間貫いた、極限までの時間の作り方


和子さんがThis is MEで徹底したのは、Kenが繰り返し伝えている「1日3人に会う」という営業ルールでした。ハローワークに通っていた時期も、その帰り道で出会った人にまで声をかけ続けています。
この章では、和子さんが1年間どのように時間を作り、行動量を積み重ねたのかをみていきます。
ハローワーク帰りにクッキー売りのお姉さんにも声をかけた「1日3人」
Ken: 1日3人という営業ペースを、実際にどのように続けていたのですか?
和子: 1日3人に会うと決めたら、そのペースを絶対に崩さないと決めていました。ハローワークに通っていた時期も、帰りに丸いの物産店に来ていたクッキー売りのお姉さんに声をかけました。とにかく1日3人に会うことだけは意識し続けていました。365日積み重ねると年間で1000人を超える人と出会える計算になり、真剣に提案し続けていればどこかで必ずうまくいくと思っていました。
Ken: 制作の時間はどのように確保していたのですか?
和子: 寝る時間と食事の時間以外は、ほぼすべて制作か交流会に充てていました。お掃除ロボットを使って掃除の時間を減らし、食事も時短にしました。お風呂に入る回数や髪を巻く時間まで削って、制作時間を捻出していました。



時間さえかければ、待つことさえできれば稼げるようになるというのが僕の持論です。和子さんはその通りに、削れる時間をすべて行動に変えていました。
- ハローワーク帰りのクッキー売りの女性にまで声をかけ「1日3人」を1年間崩さなかった
- 365日続けると年間1000人以上に会う計算になる考え方を実践していた
- お掃除ロボットや時短料理で捻出した時間を、寝る間も惜しんで制作と営業に充てていた




見ていた人が紹介してくれた。半年目の交流会で決まった初報酬


和子さんが最初にまとまった金額を受注したのは、This is ME入会から半年ほど経った頃でした。占い師の方々が集まった交流会で、直接の反応がなくても、その様子をみていた別の参加者が仕事につないでくれています。
この章では、そのきっかけとなった交流会での出来事を紹介します。
占い師企画に反応はなくても、みていた女性が仕事を紹介してくれた
Ken: 初めてまとまった報酬を得たのは、どんな経緯だったのですか?
和子: 交流会で同じテーブルに占い師の方が4人ほどいて、占い師向けのポートフォリオ制作を共通のグループラインに投稿したのですが、誰からも反応がありませんでした。それをみていた女性の営業の方が、頑張っている姿をみて応援したくなったと言って、別の方を紹介してくれました。その方が「LPを作りたいと思っていました、お願いします」と一言で、仕事が決まりました。頑張っている姿を誰かが必ずみていてくれるのだと、その時初めて実感しました。
Ken: その頃は、他にはどんな営業をしていたのですか?
和子: その時期はオンラインとオフラインを合わせて1日12件から15件ほど交流会に参加していました。作りたいと思っている人にどこかで必ず出会えるはずだと思い、出会うまで会いに行き続けていました。



神経衰弱のようにカードをめくり続ければ、いつか必ず答え合わせができます。真剣に提案し続けていれば、どこかでうまくいくものです。
- 占い師向け企画に直接の反応がなくても、それをみていた女性が別の依頼者を紹介してくれた
- 「LPを作りたいと思っていました、お願いします」という一言で初めての大きな案件が決まった
- 半年目の時期はオンライン・オフライン合わせて1日12〜15件の交流会に参加していた




ダイニングで倒れるように眠った日々を支えた家族の理解


極限まで時間を作って制作に打ち込んでいた和子さんですが、子どもの受験勉強と重なった時期には数ヶ月活動を落とさざるを得ない期間もありました。それでも家族の協力を得ながら1年間走り続けています。
この章では、家族との向き合い方を紹介します。
椅子から落ちて床で眠った夜も、家族は黙って見守ってくれていた
Ken: 子育てと両立しながら時間を作るのは、簡単ではなかったと思います。ご家族の反応はいかがでしたか?
和子: リビングのダイニングにデスクを置いて、家のこともきちんとすると宣言していました。そのため、料理をしながら食べたり、納期が近づくとダイニングでそのまま作業を続けたりしていました。気づいたら椅子から落ちて床で眠っていた日もありました。その様子をみていた家族は、何も言わずに協力してくれるようになりました。
Ken: お子さんの受験勉強と重なった時期もあったそうですね。
和子: はい、その時期は数ヶ月ほど思うように動けなかったのですが、それでも家族が協力してくれたので何とかやり抜くことができました。今年1年でやり切ると自分の中で区切りを決めていたことも、続けられた理由の1つだと思います。



うまくいかない期間があるのは当たり前のことで、想定内なら準備すればいいだけです。和子さんは家族の協力という準備を、行動で少しずつ引き寄せていました。
- ダイニングにデスクを置き、家事と両立しながら納期直前は椅子から落ちて眠るほど作業に打ち込んだ
- 子どもの受験勉強と重なった数ヶ月は活動量を落としながらも継続した
- 「今年1年でやり切る」と自分の中で区切りを決めたことが継続の支えになった




卒業前後から受注が加速。最高月商79万円、本業と合わせ100万円超えを達成


半年目の初受注から一時停滞を挟みながらも、和子さんの受注は卒業前後の夏の終わりごろから一気に加速しました。1年前に出会った相手からの連絡がきっかけで、大きな案件につながったこともあります。
この章では、最高月商79万円を達成するまでの流れを紹介します。
1年前に出会った人からの「やっとLPを作る時がきた」という連絡
Ken: 受注が加速したきっかけを教えてください。
和子: 卒業前後の夏の終わりごろから、25万円や30万円ほどのLP案件が立て続けに決まるようになりました。中には1年ほど前に交流会で出会った方から「やっとLPを作る時がきたのでお願いします」と連絡がきました。それが、大きな講座の講師の方の新しいLP制作につながったこともあります。待っていてよかったと、その時心から思いました。
Ken: 最高月商79万円を達成した頃は、本業とはどう向き合っていたのですか?
和子: 医療の仕事も突発的に呼ばれると対応する働き方をしていたのですが、Webデザインの案件が増えるにつれて医療の仕事を少しずつ減らしていきました。最高月商79万円を達成したのは12月で、本業と合わせると月商100万円を超えることができました。



自分で選んだ道を、自分で正解にしていく。これがフリーランスです。和子さんは案件を重ねるほど、その言葉を体現していきました。
- 卒業前後の夏の終わりから25万円から30万円のLP案件が立て続けに決まるようになった
- 1年前に交流会で出会った相手からの連絡が、大きな講座講師のLP制作案件につながった
- 12月にWebデザインの最高月商79万円を達成し、本業と合わせて月商100万円を超えた




これからWebデザインを始めたい方へ


和子さんは医療従事者として働きながら、年齢というハンデを覚悟と行動量で跳ね返しました。最後に、これからWebデザインを始めたいと考えている方へのメッセージを紹介します。
和子さんからのメッセージ
私でもできたという点では、毎日コツコツでも続けていけば絶対に大丈夫だと伝えたいです。やろうかなやらないかなと迷うのではなく、もうやるしかないと決めて後ろを見ずに進んでいけば大丈夫だと思います。
自分の決めたことは、絶対にできる。そう信じて、妙なところで突き進むパワーをもち続けてきました。
誰に教えてもらい、いつ成功するかは、ただの時間の問題だと勝手にずっと思い込んでいました。今からWebデザインを始める方も、諦めずに続けていけば、きっと結果はついてくるはずです。
- 医療従事者として働きながら未経験でスタートし、1年でWebデザインの最高月商79万円を達成した
- 「1日3人に会う」というルールを1年間崩さず、365日で1000人以上に会う計算で行動し続けた
- 占い師企画に直接の反応がなくても、みていた人からの紹介で最初の大きな案件が決まった
- 子どもの受験勉強と重なった時期も家族の協力を得ながら活動を継続した
- 卒業前後から受注が加速し、本業の医療の仕事と合わせて月商100万円を超えた
「あとは時間の問題」を信じ切れるかが、年齢の壁を越える分かれ目になる


和子さんは、医療従事者として働きながらWebデザイン未経験というハンデを、覚悟と行動量で跳ね返しました。誰に教えてもらい、いつ成功するかはただの時間の問題だと思い込む力こそが、年齢という壁を越える最初の一歩になります。
自信は、結果が出てから後からついてくるものです。今、一歩を踏み出せずにいる方は、This is MEの公式LINEで次の一歩を相談してみてください。
今のままの自分に、さよならしませんか。
これまで900名以上が受講し、未経験からWebデザインで自分の力で稼げるようになった卒業生のリアルな成功事例&実践ロードマップを今だけ公開中です。
「これがワタシ!」と言えるジブンになりたいなら、今すぐ下記からチェックしましょう。
\ 自分の力で稼げる自分になる /
対談から学ぶ!Webデザイナーを目指す方へのQ&A
今回の対談を振り返り、視聴者からよく寄せられる疑問にお答えします。和子さんの実例をもとに、年齢や時間の制約に悩む方の参考になれば幸いです。







